以前からキャリアに関する講演を時々やっているが、自分の過去のキャリア選択とその時に思ったことをつらつらと話すスタイルが多く、特に一般化できるまとめをしているわけではない。
ただ、質問されるたびに毎回同じように答えていることがあるので、その一部を一旦書き記してみる。
キャリア選びは人生そのものだったりすることもあり、結局はひとそれぞれに考えたらいいじゃないかということなのだが、僕の考え方が誰かの参考になったらそれはそれで嬉しいものなので。
皆が、自分の得意で誰かの役に立ち、自らも学び、いきいきと「自分のストーリー」を生きていく。 そんな世の中の実現を目指して起業した、遅咲き社長のブログです。(ココナラというサービスを運営しています!)
2013年4月12日金曜日
2013年1月4日金曜日
会社設立1年を迎えて、僕の人生の原点(92年10月)の話
今日、2013年1月4日は、株式会社ウェルセルフの設立1周年の日だ。
2012年は初めて会社を作り、12年間いた金融の世界から、まったく経験のないWebサービスの開発・運営会社の経営者に転じた、大きなチャレンジの年だった。
お陰様で、本当に多くの方々のお陰様で、僕らが初めて作ったWebサービス「ココナラ」は、なんとか立ち上がることが出来た。
多くの関係者・応援団のみなさま、そしてココナラを色んなかたちでご利用していただいたみなさまに、改めてお礼を申し上げたい。
本当にありがとうございます。
さて、そんな会社設立1年の節目の日に、少し昔話をしたい。
(例によってちょい長めです)
特にその時には意識していなかったのだが、今から振り返ると僕の原点となった、92年10月の話を。
2012年は初めて会社を作り、12年間いた金融の世界から、まったく経験のないWebサービスの開発・運営会社の経営者に転じた、大きなチャレンジの年だった。
お陰様で、本当に多くの方々のお陰様で、僕らが初めて作ったWebサービス「ココナラ」は、なんとか立ち上がることが出来た。
多くの関係者・応援団のみなさま、そしてココナラを色んなかたちでご利用していただいたみなさまに、改めてお礼を申し上げたい。
本当にありがとうございます。
さて、そんな会社設立1年の節目の日に、少し昔話をしたい。
(例によってちょい長めです)
特にその時には意識していなかったのだが、今から振り返ると僕の原点となった、92年10月の話を。
手作りの気球を飛ばすというチャレンジ
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| 懐かしの旭丘の校舎をバックに。 |
2012年11月9日金曜日
「里親」になった話 〜モンゴルの子どもたちを応援してあげてください
昨日、モンゴルの子どもたちによるチャリティ・コンサート
「太陽のコンサート2012」に行ってきた。
というのも、ここ数日モンゴルの子どもたちのホームステイを受け入れていて、
彼らが出演するコンサートだったから。
いや、ホームステイというのは若干ニュアンスが違うかもしれない。
なぜなら、彼らは僕のことを「お父さん」と呼ぶから。
彼らはモンゴルの孤児院育ち。
孤児院に入る前は、いわゆる「マンホールチルドレン」だった。
親を持たず、家を持たず、マイナス30度の天候を乗り切るために、
風雨がしのげるマンホールに住み、物乞いなどをしながら共同生活をしていた子どもたち。
温水パイプに抱きついて眠り、
寝ているとネズミに唇を噛まれて病気になってしまうような生活をしていた子どもたち。。。
そんな彼らにとって、僕ははじめての「お父さん」だったわけだ。
彼らを受け入れるきっかけは、
NGOユイマール代表の照屋さんとの出会いだった。
「太陽のコンサート2012」に行ってきた。
というのも、ここ数日モンゴルの子どもたちのホームステイを受け入れていて、
彼らが出演するコンサートだったから。
いや、ホームステイというのは若干ニュアンスが違うかもしれない。
なぜなら、彼らは僕のことを「お父さん」と呼ぶから。
彼らはモンゴルの孤児院育ち。
孤児院に入る前は、いわゆる「マンホールチルドレン」だった。
親を持たず、家を持たず、マイナス30度の天候を乗り切るために、
風雨がしのげるマンホールに住み、物乞いなどをしながら共同生活をしていた子どもたち。
温水パイプに抱きついて眠り、
寝ているとネズミに唇を噛まれて病気になってしまうような生活をしていた子どもたち。。。
そんな彼らにとって、僕ははじめての「お父さん」だったわけだ。
彼らを受け入れるきっかけは、
NGOユイマール代表の照屋さんとの出会いだった。
2012年6月28日木曜日
NPO法人二枚目の名刺の理事になりました
先日行われたNPO法人二枚目の名刺の総会で、今期の理事になることになった。
理事になることで何か大きく変わるかというとそうでもないし、起業で忙しい中で以前より手を動かすことは難しくなっているのだが、一方で僕ならではの経験から色々と刺激は与えられることもあるかもしれないとは思っている。
思えば、2009年の9月に、Oxfordにある回転寿司屋のYo!Sushi!で、日本人の同期の飲み会で突如思いついたのが、この二枚目の名刺プロジェクトだ。
メンバーそれぞれが、夏の間たまたま非営利団体のプロジェクトに従事したことで、得た知見や想いから考えついたプロジェクト。当時は、日本の社会起業のことはおろか、プロボノという言葉すら知らなかった。
当初の名称案が「日本二枚目の名刺協会」だったのは懐かしい(笑)
理事になることで何か大きく変わるかというとそうでもないし、起業で忙しい中で以前より手を動かすことは難しくなっているのだが、一方で僕ならではの経験から色々と刺激は与えられることもあるかもしれないとは思っている。
思えば、2009年の9月に、Oxfordにある回転寿司屋のYo!Sushi!で、日本人の同期の飲み会で突如思いついたのが、この二枚目の名刺プロジェクトだ。
メンバーそれぞれが、夏の間たまたま非営利団体のプロジェクトに従事したことで、得た知見や想いから考えついたプロジェクト。当時は、日本の社会起業のことはおろか、プロボノという言葉すら知らなかった。
当初の名称案が「日本二枚目の名刺協会」だったのは懐かしい(笑)
2012年3月12日月曜日
NPO法人ブラストビートの理事になりました
2月末のNPO法人ブラストビートの総会にて、理事に選出された。ブラストビートの立ち上げ初期を知っている人にとっては「え?理事じゃなかったの?」ということかもしれず、起業準備に入った以降に知り合った人にしてみれば「え?NPOに絡んでたの?」ということかもしれない。
ブラストビートの活動をがっつりしていた時期ではなく、起業準備に入ってほとんどブラストビートの活動には参加できなくなってから理事になるというのは皮肉なものだが、代表のまっつん(松浦さん)から「ブラストビートの若い子たちにオトナがチャレンジする背中を見せてくれればそれでいい」と言われ、喜んで引き受けることにした。
ブラストビートの活動をがっつりしていた時期ではなく、起業準備に入ってほとんどブラストビートの活動には参加できなくなってから理事になるというのは皮肉なものだが、代表のまっつん(松浦さん)から「ブラストビートの若い子たちにオトナがチャレンジする背中を見せてくれればそれでいい」と言われ、喜んで引き受けることにした。
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NPO
2011年11月8日火曜日
そろそろNPOのイベントは進化しないと。
別にNPOのセミナーがつまらないと思っているのではないですよ。学びが多くて素敵なイベントが多いには多い。
だけど、自分が主催者側に入っているものも含めて、「もったいない」イベントが多いなぁとも思っているわけだ。
自戒も込めたダメだしエントリー。
だけど、自分が主催者側に入っているものも含めて、「もったいない」イベントが多いなぁとも思っているわけだ。
自戒も込めたダメだしエントリー。
2011年9月12日月曜日
紹介:絶賛オススメのソーシャル系イベントのご紹介!
僕が企画・運営に関連しているイベントが今月2つあります。テーマは「社会貢献」関連ですが、20〜30代を中心としたビジネスパーソンを対象として、単に「社会貢献しよう」という話ではなく「そこで何を得るのか」という視点のイベントになっているのが新しいと思っています。ぜひ、遊びに来て頂ければ。





