読んでいてこんなに知的好奇心を満たされる本は久しぶり!
日本でのイメージとは大違いな、驚きに満ちた本場の経営学から、おもしろいところを厳選してエッセイ風に紹介してくれるのがこの本だ。
世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア
経営学についてはすべてのビジネスマンが多かれ少なかれ関心を持つトピックなので、対象とする読者層は広い。
ただ、特に「本場の経営学ってこんな感じだよね」といった印象を多少なりとも持っているであろう経営コンサルタントやMBAホルダーの方が、知的好奇心を刺激され、新鮮な興奮が味わえるはずだ。
皆が、自分の得意で誰かの役に立ち、自らも学び、いきいきと「自分のストーリー」を生きていく。 そんな世の中の実現を目指して起業した、遅咲き社長のブログです。(ココナラというサービスを運営しています!)
2012年11月26日月曜日
2012年11月19日月曜日
自分の話を聞いてもらうということ
最近、誰かに話を聞いてもらうことがこんなにグッと来ることなのか!とびっくりする経験をした。
人は「誰かに自分の話を聞いてもらいたい」「自分を理解して欲しい」という根源的な欲求がある。
だからといって、面と向かって「話を聞きます」と言われても、ではお願いしますとはなかなかならない。
常に悩みがちだったりする人は違うのかもしれないが、少なくとも僕は、精神的にすごく落ち込むこともあまりないし、自分の弱い部分を晒すのこと自体そんなに好きではない。
そんな僕にとって、自分のことを話して嬉しくなるシチュエーションとは、講演だったりする。
相談というよりは、自己肯定のためにやっているという感じなのかもしれない。
最近は色々なところで講演をする機会があるのだが、その目的は色々あるとしても、講演という形を通して僕の人生を聞いてもらうことそのものに喜びを感じている要素は否定出来ないのだ。
つまり、相談にのるよとか話を聞くよと言われても困るのだが、何らかの「言い訳」があれば、喜んで話してしまったりするということ。
そんな僕が、ココナラのサービスを通じてグッと来るくらい「話を聞いてもらった」話を紹介したい。
人は「誰かに自分の話を聞いてもらいたい」「自分を理解して欲しい」という根源的な欲求がある。
だからといって、面と向かって「話を聞きます」と言われても、ではお願いしますとはなかなかならない。
常に悩みがちだったりする人は違うのかもしれないが、少なくとも僕は、精神的にすごく落ち込むこともあまりないし、自分の弱い部分を晒すのこと自体そんなに好きではない。
そんな僕にとって、自分のことを話して嬉しくなるシチュエーションとは、講演だったりする。
相談というよりは、自己肯定のためにやっているという感じなのかもしれない。
最近は色々なところで講演をする機会があるのだが、その目的は色々あるとしても、講演という形を通して僕の人生を聞いてもらうことそのものに喜びを感じている要素は否定出来ないのだ。
つまり、相談にのるよとか話を聞くよと言われても困るのだが、何らかの「言い訳」があれば、喜んで話してしまったりするということ。
そんな僕が、ココナラのサービスを通じてグッと来るくらい「話を聞いてもらった」話を紹介したい。
2012年11月9日金曜日
「里親」になった話 〜モンゴルの子どもたちを応援してあげてください
昨日、モンゴルの子どもたちによるチャリティ・コンサート
「太陽のコンサート2012」に行ってきた。
というのも、ここ数日モンゴルの子どもたちのホームステイを受け入れていて、
彼らが出演するコンサートだったから。
いや、ホームステイというのは若干ニュアンスが違うかもしれない。
なぜなら、彼らは僕のことを「お父さん」と呼ぶから。
彼らはモンゴルの孤児院育ち。
孤児院に入る前は、いわゆる「マンホールチルドレン」だった。
親を持たず、家を持たず、マイナス30度の天候を乗り切るために、
風雨がしのげるマンホールに住み、物乞いなどをしながら共同生活をしていた子どもたち。
温水パイプに抱きついて眠り、
寝ているとネズミに唇を噛まれて病気になってしまうような生活をしていた子どもたち。。。
そんな彼らにとって、僕ははじめての「お父さん」だったわけだ。
彼らを受け入れるきっかけは、
NGOユイマール代表の照屋さんとの出会いだった。
「太陽のコンサート2012」に行ってきた。
というのも、ここ数日モンゴルの子どもたちのホームステイを受け入れていて、
彼らが出演するコンサートだったから。
いや、ホームステイというのは若干ニュアンスが違うかもしれない。
なぜなら、彼らは僕のことを「お父さん」と呼ぶから。
彼らはモンゴルの孤児院育ち。
孤児院に入る前は、いわゆる「マンホールチルドレン」だった。
親を持たず、家を持たず、マイナス30度の天候を乗り切るために、
風雨がしのげるマンホールに住み、物乞いなどをしながら共同生活をしていた子どもたち。
温水パイプに抱きついて眠り、
寝ているとネズミに唇を噛まれて病気になってしまうような生活をしていた子どもたち。。。
そんな彼らにとって、僕ははじめての「お父さん」だったわけだ。
彼らを受け入れるきっかけは、
NGOユイマール代表の照屋さんとの出会いだった。